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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)5076号 判決 1957年8月08日

原告 島倉サワ 外三名

被告 富士交通株式会社 外一名

主文

被告は各自原告サワに対し金四万円、原告八重に対し金拾六万円、原告君江に及び同芳男に対し金六万円宛並に之に対する昭和二十九年五月二十九日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る金員を支払ふべし。

原告其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を十分し、其の一を被告等の負担とし、其の余は更に之を二十分し、其の一を原告サワ、其の四宛を原告君江及び同芳男、其の余の十一を原告八重の夫々負担とする。

事  実<省略>

理由

原告等主張の事実中、被告等の業務及び雇傭関係、島倉太惣治及び原告等の身分関係相続及び職業原告等主張の日時場所に於て被告田上武三郎の運転する被告会社所有に係る自動車と島倉太惣治の操縦する自転車との間に交通事故があり、島倉太惣治が之に依り負傷し死亡するに至つたことは当事者間に争がない。而して甲第三号証の一、二、甲第四号証の一、二、同号証の三の一乃至五、甲第五乃至第八号証、証人会田宗弘の供述に依り成立を認め得る甲第十三号証の各記載、並に証人鈴木佐一、久下半十郎、会田宗弘、服部東一郎の各供述、原告本人島倉君江、被告本人田上武三郎被告会社代表者本人武士英一郎の各訊問の結果、検証の結果を綜合すれば被告田上武三郎は被告会社の業務上、其の所有に係る自動車を操縦し、成増方面より池袋方面に向ひ川越街道を時速四十粁を以て疾走し本現場に差掛つたところ、左側板橋第六小学校に向つて右側の小路より古く且破損個所の多い自転車に乗つた島倉太惣治が現はれたのを認めたが、同人が自動車と同一方向に進行するが如き気配を示した為、特別に危険とは思はず進行するや、島倉太惣治は突如川越街道を右側小路に向つて横断せんとする姿勢を執つた為、急速に特段の措置を講ずる暇なく、自動車左側前部を自転車に突当て、島倉太惣治は自転車諸共横転し、頭部を路面に強打し、頭腔内損傷に因り死亡するに至らしめたこと、同所附近には板橋第六小学校あり、小路と街道との交叉点には諸車一時停止の標識あるに拘らず、被告田上武三郎は漫然自動車を、如何に制限範囲内とは云へ高速を以て運転し、島倉太惣治の行動に十二分の注意を払はず、又一方島倉太惣治は小路より街道に出づるに当り一時停車せざるは勿論、厳冬中のこととは云ひながら、襟巻を以て顔面の大部分を覆つて居た関係もあつてか、左右前方を注視することを怠り、軽卒にも池袋方面に向ひ或は突如街道横断の挙に出でた外其の乗用した自転車は古く且破損個所多く殊に其の制動装置は不完全極まるもので、後方より自動車の接近することに心付かず、又心付くも安全を図る為臨機の処置を執り得なかつた等、同人の側にも少からず規則違反惹いては過失のあつたことを窺ふに十分である。前顕証拠中此の認定に反する部分は採用し難い。而して見れば、本事故は双方の過失に依り惹起せられたものと解するの外はない。唯其の過失は何れの側に大であり、何れの側に小であつたかに付き審査するに、前顕証拠のみに依つては到底之が断定を下し得ない恨はあるけれども、島倉太惣治の操縦する自転車より被告田上武三郎の運転する自動車の方が一般に遥に危険度の大であること疑を容れぬ故、斯かる場合は一般交通の安全を期する上からも、難きを強ふる嫌もないではないけれども、自動車運転者に対しより高度の注意義務を課せざるを得ず、従つて被告田上武三郎、惹いては其の雇主である被告会社は島倉太惣治の母である原告サワ、妻或は子であり相続人である其の余の原告等に対し損害賠償義務を辞するに由なきものと云はねばならぬ。

依つて進んで其の損害額に付き案ずるに、甲第十号証の一、二の記載に依れば島倉太惣治は左官職としての一日の収入は税込み金八百参拾参円であつたことを推知し得られないではないけれども、同人の純益月額を以て幾許と定むべきかに付いては原告の主張及び立証に依つては之を是認するに足らず、又甲第九号証の一、二の記載に依れば、島倉太惣治の葬送に当つては世上の例に洩れず若干の費用を要したこと疑を容れないところではあるけれども、其の中には白米一斗金弐千円の如き配給及び価格統制違反と解するの外ない原因を包含して居ること明かである。依つて此れ等実害額も原告等主張の通り認容し得ないこと勿論であり、しかも得べかりし利益の喪失に至つては其の算定すら困難ではあるけれども、幾許か請求し得べきことも亦断定して憚りないところ故、此の部分は被告等援用に係る過失相殺の結果、請求し得ざるに帰したものと解するを妥当とする。次に慰藉料の額に付き案ずるに、本件に現はれた全証拠を綜合して認められる原告等の生活上の窮状、被告会社等の組織及び資力、殊に事故の責任の一半は島倉太惣治にも存する点等より推考すれば、原告等の求める各二割即ち原告サワに付いては金四万円、原告八重に付いては亡信次の相続分を含み金拾六万円、原告君江及び同芳男に付いては各六万円を以て妥当とするものと認められる。依つて原告等の本訴請求中、被告等より各自其金額並に之に対する被告等に本訴状副本の送達せられた日の翌日であること顕著な昭和二十九年五月二十九日以降其の完済に至る迄年五分の割合に依る損害金に付き支払を求める部分に限り之を正当とし、認容し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項本文を適用し、之を十分し、其の一を被告等の負担とし、其の余は更に之を二十分し、其の一を原告サワ、其の各四を原告君江及び同芳男、其の十一を原告八重の各負担とし、仮執行の宣言に付いては之を付さぬのを相当と認めて其の申立を却下することゝし、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井經雄)

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